箸蔵街道4/石仏峠


石仏峠から二軒茶屋まで

石仏峠の道標によれば,尾根伝いに少し行ったところに,石仏が鎮座しているようであるが,そこには行かずに先に進む。石仏峠には六十五丁石の道標がある。

尾根道を進むと,さらに六十一丁石の道標が見えた。尾根道で分岐しているところがある。分岐道は再び合流する。分岐した道の路面をよく見てみると,車のわだちの跡が見えるから,たぶん工事用に作った道ではなかろうかと想像してみる。

尾根道をさらに進むと五十七丁石の道標がある。このあとは,ひたすら尾根道を進む。すべて下りであるため,気楽な散歩気分である。

二軒茶屋に近づいたころ,竹林があった。いままで通過した山道は雑木林か,杉の植林した林がほとんどである。竹林があるということは,人間界に近づいた印であろうか。
そのまま進むと,二軒茶屋に行きつく。

10:25 石仏峠 → 尾根道 → 11:10 二軒茶屋



石仏峠にある昔話の説明案内板の内容は以下のとおりである。

峠(とうげ)の石地蔵狸(いしじぞうだぬき)

むかしむかしの話じゃ,讃岐(さぬき)の国に住む作造という者が,阿波(あわ)の国にある親せきの家に行ってごちそうになり,つい話がはずみ,帰りがおそくなってしもた。峠にさしかかった時,うしろの方からさっきわかれてきた親せきの者が「おーいおーい,待ってくれ」と追いかけてきたのじゃ。「じつは,わかれたあとでおもいだしたのじゃが,おまはんひとフロあびてゆっくり帰ってくれ」とせっかく山道を追ってきてくれたので作造はこころよくひきかえしたそうな。そしてフロに入っておると,親せきのものが,しんせつに背中を流してくれたそうな。
そこで,次に親せきのものがフロに入ったので背中を流してやったのじゃが,いつまでたってももうよいと言わんのじゃ。ゴシゴシ,ゴシゴシ,いくらすっても返事がない。フウフウいいながら一生けんめいに背中をこすっておると,うしろで「これこれおまはん何しとんじゃ」と声がするのでふりかえってみると,夜はすっかり明けて東の空はほのぼのとしらんでおった。声をかけたのは山仕事に出かける炭やきだったのじゃ。なんと作造は峠にある石の地蔵さんの背中を一生けんめい手ぬぐいでこすっておったのじゃ。これは峠に住むしょうわる狸(たぬき)のしわざたといううわさが広まってから,峠を通る人もいなくなってしのたそうな。

昭和61年3月 香川県