又吉直樹と小山田浩子が新潮新人賞の選考委員に加わるというニュースを聞いて,小山田はどのような作品を書いている作家なのか興味を持った。本屋に行くと小山田の著書で「穴」と「工場」の2つの文庫本があり,「穴」の方が,ページ数が少なかったのでこちらを購入した。「穴」(小山田浩子,新潮文庫)は表題も少し不気味だが,内容も途中まで不気味に感じ,読み進みにくかった。ところが再読すると大変テンポのよい文章であることに気づく。

初読したとき読みにくかったのは2つの理由がある。1つ目は会話文を行替えせずに地の文とともに1つの段落にしていること。2つ目は1つの段落が比較的長いこと。実際はテンポのよい文章なのにそのテンポを感じられぬまま読み進んだ。

不気味さについてはこの本の表題にも関連する。この本の内容が30才前後の主婦の日常を描いているにもかかわらず,得体のしれない動物やその動物が掘ったらしい穴が出て来,主人公が穴に落ちるあたりの場面では不気味さが混じってなかなか先に進めなかった。元気なころの私ならば,そんな些細な不気味さはなにも感じなかったかもしれないが,今の私は身体だけでなく心も弱っているのであろう。不気味な展開になかなかついていけないのである。

再読すると,若い主婦が持つ生活の不安感が文章によく表されており,よい小説であると感じた。

私が若いとき,妻を愛(いと)しむ気持ちは強く自覚していたが,妻の不安感を推しはかることについては深く考えていなかったように思う。そのため妻から発せられる信号をうまく受け止めていなかった。

今日,子どもたち夫婦が我が家を訪れ,楽しい会話をしていってくれた。その楽しい会話の中でも,子供たちの妻たちはいろいろなことを発信し,夫たちが妻たちの発信音をうまく受け止めていないのを横で見ながら,かつての自分に重ね合わせた。

「穴」はそのようなことを再確認させられる小説である。

(2019年9月8日 日曜日 晴れ)